私は奥田正志と言います。1976年9月25日渡米
日本にてハンバーガーショップ開設のため本場アメリカのハンバーガー店を視察に友人といっしょに半年の予定でロサンゼルスに来ました。当時、日本は高度経済成長突入期で文化的な生活ではまだまだアメリカのお膝元にも及ばない時期でした。アメリカ人のふんだんに使い捨てるペーパータオルを見て何と勿体ない使い方と思いましたから。貧乏根性が抜け切れない日本から来た我々は何回も何回も同じペーパータオルを乾かして使ったものでした。アルバイトで得た収入は月800ドルくらいでしたが、日本円に換算すると28万円にもなり驚いたものです。その頃の日本での初任給は10万円くらいで、28万円というと大会社の部長さんくらいの収入になります。そんな豊かな国で半年も生活したら、もう日本へは帰りたくありませんでしたね、、、若気の至りです。友人は長男ということもあって予定通り半年で帰りましたが、私は子沢山の家庭で育ち、自由な身でしたのでアメリカに住む決心をした訳です。
当初は絵描きやのアルバイトをしながら放浪の旅をしておりましたが、身を固めなくてはと思い、日本で付き合っていた女性(現在の奥さん)を呼び、アメリカでのちゃんとした生活が始まりました
旅行会社の経歴はロサンゼルスオリンピック(1984年)の前年に大手旅行会社の下請けドライバーガイドとしてスタートしました。その頃の日本人旅行者は団体旅行が主で、引率者は腕に腕章をつけ団体旗を持って案内していました。今ではその様な旅行スタイルは殆んど見かけなくなりましたね
1991年の湾岸戦争やバブル経済崩壊を期に旅行スタイルも徐々に団体旅行から個人旅行へと変化していくわけですが、以前はガイドとドライバーは別の職種でした。グループが小さくなるに従い運転と案内を兼ねるドライバーガイドという職種が現在では主流となりました。
私もドライバーガイドとしてジェットツアー、アナハローツアー、日本旅行、ジャルパック、JTBの様な大手旅行会社の下請けドライバーガイドとして長年経験を積んできました
私が転機を迎えたのは2001年の
9.11事件以後です
あのテロ事件以降は我々旅行会社で働く者としては試練の時が長く続きました
1990年代はバブル崩壊とはいえ旅行者は絶え間なく来てくれました
しかし今回は旅行者がピッタッと途絶えたのです
職換えした同業者も多数おります
私も仕事がなく、毎日家で趣味のパソコンをやっていました
その時思いついたのがインターネットを通じて直接集客できないものか
旅行もインターネットを通じて直接申し込めるようになるのではないかと思い、2002年の9月に迷える同業者を集い‘サルーンカーツーリスト’という会社を立ち上げました。
多分、これからの時代はデパートメントや大手旅行会社は縮小傾向に向かうのではと私は察します
なぜなら、中間業者を介さないでインターネットを通じ、世界のものを何でも直接安く買える時代に入ってきてるわけですから
最後に私のモットーとして、お客様に対して旅の感動を高める工夫をし、お客様に満足して頂ける旅作りに尽力していきたいと心がけております。お客様の喜びは私の喜びでもあります。
If
you don't look good. We don't look good.
If
you look good. We look good.
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