HOMEお問い合せお申し込みツアー料金旅行規約会社案内

アメリカ 国立公園

アメリカ 西海岸

ロサンゼルス オプショナルツアー

ロサンゼルス タクシー チャーター

 

基本情報

 

ビザ(査証)

観光、商用とも90日以内の滞在で、米国を出国する航空券を持っている場合は不要。

気候

夏の平均気温は約23℃、冬でも平均気温が14℃と、1年を通して爽やかな気候です。昼夜の温度差があります。実際は昼の温度は高い。11月から3月以外はほとんど雨が降らず、35℃を越えるような夏の日でも、湿度が30から40%と低いので過ごしやすいです。逆に真夏でも朝晩に冷えることがあるので、カーディガンなどの用意を。

LAの月別平均気温および降水量

 

平均気温(℃) 降水量(mm)
1月 14.1 74.7
2月 14.8 72.4
3月 15.2 61.6
4月 16.8 20.2
5月 18.1 1.4
6月 20.2 3.0
7月 22.3 0.9
8月 23.0 2.7
9月 22.3 8.7
10月 20.1 8.0
11月 16.8 31.5
12月 14.2 41.9
年間 18.2 326.9

電圧
 120ボルトの60ヘルツ。日本で使用している電化製品をそのまま使うと異常加熱が起こり、損傷の原因になりやすいので、アダプターの使用をおすすめします。
郵便
 日本へのエアメールは、普通ハガキが70セント、封書は14gまで80セント。4〜7日で届きます。
TAX
 ショッピングやレストランで食事をした場合、カリフォルニア州では料金にセールス・タックスが8%前後加算されます。またホテル・タックスは、LA14%、サンタモニカ12%、アナハイム8%がかかります。
免税範囲
 アメリカ入国時の免税範囲は次の通りです。
酒類 1リットル
タバコ 紙巻200本
土産品 $100まで
 
通貨・両替
通貨単位はUSドルとセント。1ドルは100セント。両替は空港の両替所やホテル、銀行などで。銀行の営業時間は、月曜から木曜が9時から17時、金曜が9時から18時が標準ですが、各銀行によって多少異なるのでご注意ください。日曜・祝日はお休みですが、土曜日は短時間営業している銀行もあります。
時差
日本との時差はマイナス17時間。4月第1日曜から10月最終日曜のサマータイムには、16時間に変わります。
電話
LA市内へかける場合 市内局番の次に、相手の電話番号。
LAから市外かける場合 市外専用番号「1」の後、相手の市外局番、市内局番、相手の電話番号
LAから日本へかける場合 国際電話識別番号の「011」に続いて、日本の国番号「81」、日本の市外局番の最初の0を除いた番号(例: 東京なら3)、相手の電話番号。
日本からLAヘかける場合 国際電話会社のアクセスコード(例: KDDなら001)の次に、アメリカの国番号「1」、相手のエリアコードと電話番号。
チップ
レストランやタクシーは合計金額の15%前後。ただしレストランでサービス料が含まれている場合は不要です。含まれてる場合チップという表示ではなく、グラチュイティという表現を使っていますので要注意。ポーターには荷物1個につき1ドル、ルームメイドには1泊1ドルが目安。ほとんどのチップは最低$1ドルと思っていいです。
面積

 

カリフォルニア州の面積は約42万平方キロメートルで日本(約37万2千平方キロメートル)の約1.1倍です。LA郡は約1万2千平方キロメートルで新潟県とほぼ同じ、またLA市は約1,200平方キロメートルで東京都の約半分の大きさです。緯度は日本の大分県とほぼ同じ位置になります

人口

 

 2000年の国勢調査によれば、カリフォルニア州全体の人口は、90年の調査時点以来13.8%増加し、約3,387万人(全米1位)となり、LA郡は7.4%増の約952万人(全米1位)、LA市は6.0%増の約369万人(全米2位)となっています。また、LA郡の南に位置するオレンジ郡は18.1%増の約285万人(全米5位)、サン・ディエゴ郡は12.6%増の約281万人(全米6位)、サン・ディエゴ市は10.2%増の約122万人(全米7位)となっています。

 人種別構成比を見ると、近年、州全体でヒスパニック系およびアジア系の人口が急増しており、2000年には州全体で白人(ヒスパニック系除く)が47%と過半数を割り込み、ヒスパニック系32%、アジア系11%、黒人7%ほかとなっています。また、LA市においては、ヒスパニック系が47%と最大の比率を占めており、白人30%、黒人11%、アジア系10%ほかとなっています。

 また、LAのダウンタウン地区には、北米の日本人街としては最大規模を誇る「リトル東京」があります。1884年、日本人が住みついたのが始まりで、第二次世界大戦中、日系人に対する強制立ち退きで一時アフリカ系の街になりましたが、戦後再建され、現在に至っています。近年では、日系人、在留邦人ともトーランス市、ガーデナ市やオレンジ郡など様々な地域に居住していますが、リトル東京は現在でも心の故郷として愛されています。全米日系人博物館や日米文化会館等の施設や日本食レストラン・店舗などを擁し、毎年夏には二世週祭が開かれるなど多くの人々が訪れる中心地の一つとなっています。

 

歴史

 

  ヨーロッパ人が現在のカリフォルニア州に相当する地域に訪れたのは、1542年にスペイン人探検家のファン・ロドリゲス・カブリーヨが金鉱を求めてメキシコから北上しサン・ディエゴ湾に到着したのが最初です。当時、この地域はアメリカン・インディアンが多数の小部族に分かれて各地に点在するだけの広大な原野でした。その後徐々に沿岸に移住し始めたスペイン人と先住インディアンの抗争の時代がしばらく続き、本格的なスペイン人による移住はサン・ディエゴがスペイン領になった1769年以降に始まりました。

 スペインの支配を受けていたカリフォルニア地域は、独立戦争の結果、1821年、メキシコに併合されましたが、その後、米大陸東部からの開拓民の流入が始まり、開拓民と地域住民との対立が激化しました。米国は当初、カリフォルニアを含むテキサス、アリゾナ、ニュー・メキシコを購入しようとしましたが、メキシコ政府は拒否し、米墨戦争(1846年−1848年)に発展しました。戦争の結果、カリフォルニアはメキシコから割譲されアメリカ領となり、1850年に合衆国第31番目の州となりました。これに先立つ1848年には金鉱が発見され、ゴールド・ラッシュ時代が到来しました。また、1869年の大陸横断鉄道開通とともに東部から移住者が続々と新天地開拓のために流入し、急速な発展を遂げました。

 その後、特に南部カリフォルニアでは、映画を中心とする娯楽関連産業、精密機械工業、石油工業が栄えたのをはじめ、第二次世界大戦の勃発が航空機、船舶など製造業を成長させ、飛躍的な発展につながり、現在、米国第2の工業地帯となっています。また、カリフォルニアは、肥沃な土壌と温暖な気候、灌漑設備の整備、豊富な労働力という条件に恵まれ、過去50年近くにわたって全米第1位の農産物販売額を誇る米国有数の農業州でもあり、多様化した産業構造を持っています。

 ロサンゼルス(LA)にヨーロッパ人が移住してきたのは、キリスト教フランシスコ派のユンペロ・セラ神父がサン・ガブリエール教会を設立した1771年が最初です。10年後の1781年9月、スペイン人、インディアン、アフリカ人などで構成する40数名の教徒集団がメキシコから渡米し、プエブロと呼ばれる集落を現在のオルベラ街に形成。ここを「エル・プエブロ・デ・ヌエストラ・セニョーラ・ラ・レイナ・デ・ロス・アンヘレス(天使の女王の町)」と命名しました。1850年4月4日にLA市制が敷かれましたが、当時は、人口1610人、面積72.5平方キロの小さな町でした。

 

 

カリフォルニア州政府公認 (TCP#15881号) 安全第一のトランスポーテーションサービス会社 サルーンカーツーリスト

 

 

この Web サイトに関するご質問やご感想などについては、saloon@earthlink.netまで電子メールでお送りください。サイト内で使用している文章、画像を含む全ての素材の無断転載を禁じます。Copyright (C) 2003 SALOON USA ENTERPRISES, INC.dba Saloon Car Tourist TCP#15881 7519 Lemp Ave. N. Hollywood, CA. 91605 Phone: 1 (213) 448-3261 Fax: 1(818) 982-8569 最終更新日 : 2008/01/11